- 美味しいですね、この紅茶。
甘さは物足りませんが、良い香りがします。
- 気づいてくれたかい?
実は、稀少な薔薇の蜜を加えたのだ。
- なるほど、だから独特な味がするんですね。
ちょっと気に入ったかも。
- 蜜を濃く入れるほど、相手と濃密な時間を
過ごせる……というわけさ。
- 蜜の濃度はこれで結構です。甘いお菓子にも
よく合いますし。あ、もうお菓子が……
- む……もう食べてしまったのか。
残念ながら菓子はそれでおしまいだ。
- 今は甘味が手に入りにくくてね……。他に
欲しい物があるなら、なるべく応えるが。
- いえ、特には。お菓子がないなら、
紅茶もこれで十分です。それでは……
- 待ちたまえ。欲しい物がないなら、聞いて
ほしい話はないか? 悩みがあるとか……。
- いえ、何も。それでは……
- ……リシテア。私は知っているのだ。君には
平民になりたいという悩みがあるそうだね?
- ……誰から聞いたのか知りませんが、
それは別に悩みではありません。
- 平民になりたい、というのは
そのとおりですけど。
- 戦争が終わったら爵位を返上して、両親と
静かに暮らすつもりです。それが何か?
- 貴族の身分を捨てるというからには、
何か大変な事情があってのことなのだろう?
- それに、平民の暮らしがどのようなものか、
きっと不安を抱えているはずだ。
- 私の知る限り、貴族から平民に落ちた者は、
誰もが例外なく苦しい思いをしている。
- そのような将来が待っているとすれば、
悩みの一つや二つ、必ず出てくるものさ。
- あんたが言っているのは、何かやらかして
爵位を取り上げられた没落貴族でしょう?
- わたしの場合、貴族の身分を捨てたくて
捨てるんです。一緒にしないでくれます?
- そ、そうか……ならば、
私から一つ、提案がある。
- 平民になったとして、貴族との垣根を
越えるような生き方をしてはどうだ?
- 優秀な貴族としての経験がある君が、
一平民として埋もれてしまうのは惜しい。
- 君ならば、平民の目線からこの世界を
変えていくような存在にもなれるはずだ。
- 君からの提言なら貴族も必ず耳を傾ける。
平民の暮らしをより良くするために……
- もうやめて。確かに、あんたの考えは
素晴らしいと思います。
- でも……わたしにそんなことを
語っても無意味です。
- 平民のためとか、世界のためとか……
それは貴族が考えることでしょう?
- わたしにはもう、このフォドラのために
何かを背負うことなんてできない。
- ただ両親に寄り添って、残りの人生を
静かに暮らすことしか……。
- リシテア……?
- あんたが淹れた紅茶、美味しかったです。
ごちそうさまでした。
- ………………。