1. あら、フェルディナント。 貴方も宮城に戻っていたのね。
  2. ああ。 貴方のように公務があるわけではないが。
  3. それなら、なぜわざわざ帝都まで…… 前エーギル公に、会いに行っていたの?
  4. そうだ。 地下牢にいる父に……。
  5. 実は恥ずかしながら、初めて地下に入った。 父から危険ゆえ近づくなと言われていてね。
  6. 思ったよりも酷いところではなかった。
  7. 何というか……物語に出てくるような 恐ろしい牢獄を想像していたのだよ。
  8. あら、そういう場所もあるわよ。 私も一度しか下りたことはないけれど。
  9. 前エーギル公のいる牢より更に地下…… 暗澹とした中を、鼠が、走り回っていたわ。
  10. 鼠が……そうか。 父には耐えられなそうな場所だな。
  11. 父はかなり憔悴していたが、 まだ恵まれた待遇ということか。
  12. そうね、健康には気を遣っているはずよ。 後は本人の心持ち次第でしょう。
  13. ああ、私も現状に文句はないよ。
  14. 生きてしっかりと裁かれ、罪に応じた罰を 受けてほしいと思っているだけさ。
  15. 早くしないと、 ヒューベルトがうるさいわよ?
  16. わかっている。だがまだ多くの罪について、 事実関係を掴めていないのだ。
  17. 諦めることも大事よ。彼ほどの大貴族なら、 買収や証拠の捏造も容易い。
  18. 残っている記録も信用に足るものでは ないと、わかっているでしょう?
  19. ああ、もちろんだ。 ………………。
  20. 実は……父の不正の証拠を拾ったのだ。 もう随分、前の話になってしまったが。
  21. 租税の記録でね。それを見つけた私は、 いつか父を断罪するつもりだった。
  22. ……驚いたわね。自分の手で?
  23. そうだ。士官学校で学びながら、念入りに 準備しようと思っていたのだが……
  24. その遥か前に、貴方に先を行かれて しまった。まったく、滑稽だろう?
  25. 私は幼い頃から、ずっと父を敬愛していた。 その思いを殺して、断罪すると誓った。
  26. ……行き場を失った二つの気持ちを、 私は今でも抱えたままなのだよ。
  27. ……そう。 それで、貴方は停滞したままなの?
  28. 貴方は帝国の宰相となって、私を諫め、 私を上回るのではなかったかしら。
  29. それは……!
  30. 貴方は今も父親と言葉を交わせるし、 あるいは父親を断罪することもできる。
  31. その気持ちの行き場は、まだあるように、 私は思うわ。